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幸福論

平成最後のクリスマス、独り者はどうやり過ごせばいいか

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2018年12月25日(火)、平成最後のクリスマスを迎える。その前日は平成最後のクリスマスイブである。「最後」という節目もあり、例年に比べどことなくワクワクしている向きも多いのでないだろうか。

個人的には、クリスマスという愛する恋人同士が盛り上がるには絶好のイベントにパートナーがいれば、それはそれで素敵な時間を過ごせると想像する(「想像する」と表現したのは、俺自身が生来クリスマスに特定の女子と過ごした事がない為である)。まして、平成最後という「プレミア付」なら、さぞかし格別だろう。

また、もし交際相手がいなくとも、家族や友人・知人等が誰かしらいれば、寂しさは多少紛れると思う。

ところが、俺のような完全に誰もいない独り者はどうか。世間がワイワイ賑わっているのを尻目に1人孤独に苛まれ、人知れず苦痛を味わうしかないのか。どうすれば可能な限り楽しく、且つ有意義に当日を過ごせそうか考えたい。

過度に意識するな

確かに、世間は熱を帯びているかも知れない。だが、それがあたかも正義や絶対解のように思い込めば、自身の理想と現実の乖離に悩む事になる。そう考えれば、過度に意識せず普段通りに過ごせれば、そうでない場合よりも精神衛生上は格段に違うだろう。

それでも尚、世間の雰囲気や動向が気になって仕方ないなら、強制的に何か夢中に没頭できる対象に時間を使えばいい。それはテレビでも読書でもゲームでも、むしろ仕事でも何でもいい。因みに俺の一例としては、ツイッターのタイムラインを眺め、各種意見や情報を得たり、ツイートから気になったサイトやブログ等を訪問する事がそれにあたる。それらに没入していると、気がつけば夕食の食料調達に赴く時間である。

もしすぐに思い浮かばなくとも、幸い現代は実に様々な選択肢がある素晴らしい時代である。いろいろ探せば、1つくらいは何か自分に適した、クリスマスを忘れさせてくれそうな対象に行き着く確率は高い。それに、パソコンやスマホ・タブレット等でインターネット検索を利用すれば、探す手間もあまり必要としない。万が一何も見つからない場合でも、ネットサーフィンそれ自体に夢中になり延々続けられれば、しめたものだ。

クリぼっちを楽しめ

「クリぼっち(クリスマスにひとりぼっち)」を楽しめるのなら、それも当然アリだ。どういう事かというと、例えば、街中のツリーやイルミネーション等にホッコリしたり、一人用のケーキやチキン等を買って食べる等、独りで勝手に楽しむのだ。何なら、サンタクロースの衣装を着たり、自分へのプレゼントを用意してもいい。

一般的に、クリぼっちは寂しいとか惨め等、負の印象が先行しているように見受けられる。だが、自ら超克して前向きに捉えられれば、逆にそれすらも楽しみにできるという事である。

他者と比べず、自分なりに過ごせればいい

結論としては、これに尽きる。自分と他者を比べて思いつめれば、理想と現実の乖離に悩まされ、結果憔悴し自滅する恐れが高い。無論、世間が提案するお仕着せのテンプレートに活路を見出すのも一法だが、それらに拘泥せずあくまで参考程度に留めるに越した事はなかろう。「他人は他人、自分は自分」と割り切り、自らの判断基準で思い思いの時間を過ごせばいい。

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